70歳でも「僕には勧善懲悪しかない」
『ドーベルマン刑事』や『ブラック・エンジェルズ』などで知られる平松伸二先生。現在も、コミック乱(リイド社)にて『大江戸ブラック・エンジェルズ』を連載中だ。“勧善懲悪”で爆発的ヒット作を描いてきた先生だが、ルーツはスポ根漫画にある。また、2016年には自伝的漫画『そしてボクは外道マンになる』を連載するなど、多彩なアプローチで読者を楽しませてきた。さらに、葛飾区の各所で公開される特殊詐欺被害の防止を目的としたイラストを手掛けるほか、漫画と書道を組み合わせた「漫書」を生み出すなど、独自のスタイルで活躍の幅を広げている。(取材・文=関口大起)
平松先生は、『ドーベルマン刑事』で連載作家デビューし、以降さまざまな作品を描いてきた。そんな作品一覧を眺めていると、一際目立つタイトルがある。それが『そしてボクは外道マンになる』だ。
同作は、平松先生の自伝的漫画。岡山県から上京し、連載作家となって羽ばたいていくまでを私生活を交えて赤裸々に描いている……と筆者は思っていたのだが、取材を通して意外な事実が見えてきた。
「あれは自伝“的”漫画ですからね。もちろん本当のことも描いているけど、後半は99%がフィクションかな(笑)。化け物みたいな外道マンというキャラクターも、人気がイマイチだったら振り切って出そうと連載開始前から思っていました。あと、一応言っておきますけど妻の話もフィクションですよ」
『外道マン』で描かれた、家族のセンシティブなエピソードや先生の精神状態。それに恐る恐るページをめくっていた筆者としては、あくまでフィクションと知り安堵する気持ちが強かった。
なお、同作は平松先生としても挑戦だったという。『外道坊』の連載終了後、なかなか自信のあるアイデアが浮かばなかったと話す。
「当時、すでにキャリアは40年くらいです。それくらい長くやっていて、ほぼ勧善懲悪漫画しか描いていないのって僕しかいません。そんな僕なら、絶対にほかの漫画家が描けない自伝漫画が描けるんじゃないかと。それで集英社の編集者に話を持ちかけたら、すぐに始めることになりました」
「勧善懲悪を描き続ける」、キャリア50年を超える作家の決意
平松先生のアトリエは、“漫画家の仕事場”を体現したような空間だ。先生とアシスタントのデスクが鎮座し、周辺にはコミックス、原稿、資料が所狭しと置かれている。そして壁面には、明るい黄色を背景にしたポスターがいくつかあった。
聞けば、アトリエを構える葛飾区に依頼されて制作した、特殊詐欺被害の防止を啓蒙するためのポスターだという。同取り組みは、19年から約6年に渡り続いている。20年には京成タウンバスとコラボレーションし、『ブラック・エンジェルズ』の雪藤洋士や松田鏡二などが描かれたラッピングバスが葛飾区内を走った。
「葛飾区には『こち亀』の秋本治先生とか『キャプテン翼』の高橋洋一先生とかもいるけど、多分敷居が高くて僕のところに来たんでしょうね(笑)。僕がすぐにOKを出すもんだから、逆に区役所の人が驚いてましたよ。ただ僕としても、少しでも詐欺防止の役に立てるのはうれしいので」
アトリエに飾られているのは、そのポスターだけではない。先生が昨今力を入れている「漫書」もあった。漫書とは、漫画と書道を組み合わせた先生による造語だ。
「理由は思い出せないんだけど、小学3年生のときに自分からやりたいって親に頼んで書道を始めたんです。今は『大江戸ブラック・エンジェルズ』っていう時代劇モノを描いてるでしょ。なんか、このためだったのかもな……なんて運命も感じています」
さらに、『大江戸ブラック・エンジェルズ』の構想が始まる前に居合道と出会い、現在も稽古を続けている。これもまた、巡り合わせを感じるお話だ。
「居合は、個展で出会った人に誘ってもらって始めました。かじったせいで刀を使うシーンで余計なこだわりが出ちゃって、作業負荷が上がって困りもしているんですけどね(笑)」
そう話す先生だが、だからこそ『大江戸ブラック・エンジェルズ』には『ドーベルマン刑事』から変わらない切れ味があるのだろう。
「僕には勧善懲悪モノしかないと思っているから、今後もバイオレンスに描き続けますよ」
平松先生は今年で70歳。連載作家としてのキャリアは50年を超える。しかしこれからも、ファンが期待するトンだ外道と、カタルシスにあふれた勧善懲悪漫画を読者に届けてくれそうだ。関口大起