いま、世界でもっともエレガントなオープンカーはこれでしょう。フェラーリが放った54年ぶりの幌屋根を持ったFRオープンカー、ローマ・スパイダー。日本上陸したそれに乗って、海へ。
そうだ、海へ行こう! ローマ・スパイダーに乗るのは、1年半ほど前にイタリアのサルディニア島で開かれた国際試乗会に参加して以来のことだ。その時の試乗車は「ロッソ・ポルトフィーノ」と呼ばれるイタリアン・リビエラ産の高級ワインを連想させる濃く鮮やかな赤のボディ・カラーを持っていたが、今回は「チェレステ・トレビ」、すなわち“トレビの泉の空色”と名づけられた薄いブルーだった。

シックでエレガントな1950年代から60年代のライフスタイルを現代に甦らせたと謳うローマ・クーペを、オープンカーにすることでさらにエレガントにしたこのスパイダーにはまさにピッタリの色合いで、これを見た瞬間、「そうだ、海へ行こう!」と私は迷わず決断した。

六本木のフェラーリ本社が入るビルの地下駐車場から房総半島まで1日のドライブ。たとえ行き先が富津岬の海岸であっても、ローマ・スパイダーで行くとなれば、それこそイタリアン・リビエラの高級リゾート地に出かけるセレブリティの気分だ。

首都高速に乗り、アクアラインの長い長いトンネルを抜ける間は、ルーフを閉じたまま走る。5層構造のファブリックが使われたソフト・トップの耐候性は抜群で、風切り音もロード・ノイズもクーペとほとんど変わらないレベルに抑え込まれている。それでも、トンネル内でアクセレレーターを少し踏み増して、フロント・ミドシップに縦置きされるV8ターボ・ユニットの回転数を上げれば、スチールとは違うファブリックを透過して聞えてくるエグゾースト・ノートまで、いつもよりエレガントに室内に響いてくる気がする。

海上の橋を渡り、高速道路を下りると、時速60kmまでならボタン操作ひとつで13.5秒で開閉するルーフを開けた。その途端に、強い日差しと、うっすらと潮の匂いが飛び込んできて、改めていまが夏という季節で、自分が海に向かっていることを実感する。そういう、ひとつひとつの出来事が、ローマ・スパイダーに乗っていると、とてもドラマチックな映画の中の一シーンのように鮮やかに感じられるのだ。
なぜいま幌屋根のFRなのか? 海岸に着くと、砂浜の近くにクルマを置いて、じっくりと眺めた。そして改めて、このクルマのシックでエレガントなスタイルのキモは、FRであることと、幌屋根を持つことのふたつにあるのだと思った。

フェラーリが幌屋根を持つFRのオープンカーを世に出すのは1969年の365GTS4、いわゆるデイトナ・スパイダー以来で、このクルマが発表された2023年の時点で、実に54年ぶりのことだった。その間、FRのオープンカーがなかったわけではない。カリフォルニアやポルトフィーノがあったが、それらはどれもリトラクタブル・ハードトップを備えていた。逆に幌屋根を持つスパイダーがなかったわけではなく、348やF355、360、F430などにあったが、それらはすべてミドシップ・モデルだったのだ。

なぜいま、フェラーリは幌屋根のFRに回帰したのか。その後に登場した同じくFRの12チリンドリ・スパイダーも幌屋根を持っていることを考えると、確信を持って幌屋根を選択していることは明らかだ。そして、その問いは、なぜいまフェラーリは1950年代から60年代の「甘い生活」の時代を想起させるローマのようなクルマを世に出したのかという問いとも繋がってくるだろう。

その答えのヒントは、一方で、より速さを求めるミドシップ・モデルがSF90を皮切りとして電気モーターを導入したハイブリッドとなり、それが296に繋がり、さらに頂点としてF80を登場させたことの中にあるのではないか。最新技術を投入した電動化モデルを出せば出すほど、逆にちょうどその正反対に位置するローマや12チリンドリ、そしてその幌屋根を持ったスパイダーのような、ちょっと懐かしいテイストを持ったモデルを求める人が出てくることを彼らは良く知っているのだろう。

ローマ・スパイダーに乗ればもれなく「甘い生活」がついてくる。それは究極の速さを求める世界とは違うけれど、これもまた最新のフェラーリ・ワールドなのだと私は思った。

文=村上 政(ENGINE編集部) 写真=神村 聖
■フェラーリ・ローマ・スパイダー 駆動方式 フロント縦置きエンジン後輪駆動
全長×全幅×全高 4656×1974×1306mm
ホイールベース 2670mm
車両重量(車検証) 1710kg(前軸820kg、後軸890kg)
エンジン形式 90度V8ツインターボ
排気量 3855cc
ボア×ストローク 86.5×82mm
最高出力 620ps/5750-7500rpm
最大トルク 760Nm/3000-5750rpm
トランスミッション デュアルクラッチ式8段自動MT
サスペンション(前) ダブルウィッシュボーン/コイル
サスペンション(後) マルチリンク/コイル
ブレーキ(前後) 通気冷却式カーボン・セラミック・ディスク
タイヤ(前/後) 245/35ZR20/285/35ZR20
車両本体価格(税込み) 3280万円

(ENGINE2025年8月号)