今年はなぜか梔子(くちなし)の香りが恋しくて、花の季節は終わりかけだが鉢植えを買ってきた。いくつか蕾(つぼみ)も残っていて、ベランダで香りだすのを楽しみにしていた。
だが、おかしい。蕾はみなちぎられたように落ち、色つやはいいのに葉が不ぞろいで違和感がある。そのうちベランダには、粒ぞろいの真っ黒な糞が大量に散らばるようになった。
そこで、恐る恐る鉢を持ち上げて眺めてみたが、何もいない。拍子抜けして、今度は思い切り顔を鉢に近づける。いた! 鉛筆よりずっと太く、数センチはありそうな青虫だ。アゲハの終齢幼虫に違いない。バリバリと音が聞こえそうな勢いで、葉を食べている。
旺盛な食欲とそれに見合う大量の排泄―当たり前の自然ないのちの仕組みだ。だが未熟児で生まれた孫を思うとき、それがどんなにありがたいことかわかる。梔子はもう丸坊主になってもいい。青虫が蛹(さなぎ)になるまで見守ろう。
だが顔を合わせて3日目の朝、青虫はいなくなっていた。蛹になって、どこかにくっついているのだろう。
数日後この3階のベランダまで飛んでくるアゲハがいたら、それはあの子に違いない。ベランダにはまだコロコロのかわいい糞が残ったままだ。
小沢典子(72) 千葉県松戸市