成功したIT起業家から、障害者福祉のNPO代表へ―。そんな転身を遂げたのが、NPO法人アロンアロン代表・那部智史(なべ・さとし)さん(56)だ。
原点は、知的障害のある息子の存在だった。息子の成長に伴い、障害者が働く事業所の安い工賃、低品質な商品といった現実に直面。仕事に誇りを生み出せない福祉事業所のあり方に、疑問を持つようになった。
では、どうしたら工賃を上げ、価値あるものを生み出せるようになるのか?就労支援という福祉の枠組みから一般の職場への就職率を上げるには?
元起業家の那部さんが秘策として打ち出したのは、開店や昇進祝いに欠かせない高級な白い花・胡蝶蘭(コチョウラン)。でもなぜ、胡蝶蘭なのだろう?疑問が膨らみ、那部さんの取り組みを追いかけた。(共同通信=武田惇志)
▽IT経営者から福祉業界へ
千葉県富津市のJR内房線大貫駅から2キロほど歩くと、温室が立ち並ぶアロンアロンの農園「オーキッドガーデン」が見えてくる。農園では現在、40人が働く。一般企業で働くのが難しい障害者を対象に、就労の機会や訓練、生産活動の場を提供する「就労継続支援B型事業所」に指定されている。
200坪の温室の中は一面、白い胡蝶蘭の鉢でいっぱい。軍手をはめた若い男女が、真剣な顔つきで茎の角度を調節している。
「これは全工程中、最高難度の作業なんですよ。高い技術を持つ職人の仕事です」
ラフなTシャツ姿でそう説明する那部さんは、新卒で通信建設業界に就職。その後、2000年に通信系ITベンチャー企業を立ち上げて成功した元IT長者だ。当時起業したきっかけは、25歳のときに生まれた息子に、重度の知的障害があると分かったことだった。
「彼を守ってくれるのは、この先、お金だけだろう」。そう考えて始めた会社はITブームに乗り、社員は最大150人規模、売上高400億円規模にまで成長した。