本書は自身の経験に基づき、人生いかに生きるべきかを説いた指南の書。帯には「世を去る2週間前に遺(のこ)したメッセージ」とあり、だからだろうか、文章には考えていることを余すところなく伝えようとする、迫力がみなぎっていた。

 本書の言わんとするところはとてもシンプルだ。

 曰(いわ)く、(1)お金の奴隷にならず、(2)現実を直視しそれに対応しながら、(3)やりたいことをやりなさい。こう書くと、至極あたりまえのことを言っているように聞こえるかもしれない。だがこの本が広く手に取られていることを考えれば、多くの人にとって森永のメッセージは、わかってはいるがなかなかできない、心中あこがれる行為なのである。

 では、それを阻むものとはなんだろう? この本では「常識」とされている考え方(「資産形成をしなければ、老後は不安」「お金がたくさんあるほど人生は豊かになる」等)に対し、森永が持論を展開していくが、それを読むと「常識」とは、案外人の恐れから発生しているもののように思えてくる。だが将来に対するその恐れが、同時に、人がいまを充分に生きることを阻んでもいるのだ。

 誰にでも平等に訪れるリアルとは、人は生まれ、その人に与えられた時間を生き、そして時がくれば死んでいくということだけ。だからいまを充分に生き、やりたくないことをやっている暇などない――そうした森永の発想は、人生のリアルから合理的に考えられたものだから、曖昧模糊(あいまいもこ)とした「常識」に比べ、シンプルで強靱(きょうじん)だ。一見逆張りのように見えても、そこには生存戦略としても有効な、確かな真実が存在する。

 人生の輝きとは「死から生を眺めてみたときに、最も高まる」と森永はいう。亡くなる前、彼にはどのような景色が見えていたのか、叶(かな)うならば聞いてみたい。

    ◇

 SB新書・1045円。25年4月刊、7刷5万7千部。読者は40〜60代の現役世代、女性も多い。「社会的成功などより自分の満足感や幸福感を重視する、近年のビジネス書の潮流を踏まえた」点が好評と担当者。=朝日新聞2025年7月5日掲載