17世紀オランダの哲学者スピノザ。近年、全集や解説書など関連本が多い。「ポストモダン」と言われた頃もそうだった。だが、本書はそれらと関係なく、半世紀以上続けられてきた研究の集大成だ。

 多様なスピノザ像を批判的に検討した上で、こう言う。

 「スピノザの思想世界は、倫理学・政治学・聖書批判の三つから構成されています。それらが内的に関連し、一つの統一体を作り出している。その全体像を描きました」

 『エチカ』や『神学・政治論』『政治論』などの著作から論理的に再構成していく。

 23歳でユダヤ教会から破門されたスピノザは、自ら考えるようになる。個人や政治社会、諸学問や宗教など一切の所与のものを、より「善きもの」に変えることを求めた(加藤さんは「変性」と呼ぶ)。

 そして「できるだけ多くの人々が、できるだけ容易かつ確実に」、「最高善」という「目的に到達するのに都合のよい共同社会を形成しなければならない」と説く。平和と安全、精神の自由を保障する政治的共同体だ。聖書批判を通じて「真の宗教」像も示し、44歳で没した哲学者の全容に迫ったのがこの本である。

 高校時代、キリスト教に衝撃を受けた。大学では学生運動の波にのまれ、党派的な知は不毛と感じた。南原繁『国家と宗教』を読み、福田歓一教授の下で研究を始める。政治と宗教の関係から、ホッブズ、スピノザをテーマに選んだ。その2人とロックを論じたのが、著書『近代政治哲学と宗教』だ。のちにホッブズ『リヴァイアサン』とロック『完訳 統治二論』を訳し、本書に。「ここまでやれて、よかったなと思いますね」

 スピノザを「古典」として読む意味は何だろうか。

 「過去の古典と『ともに哲学する』態度に徹して、現代との関連を把握しようとする『過去と現代との往還』という読み方を私は学びました。戦争や内戦、経済格差や気候変動など現代の様々な危機を克服し、『善き生』の回復を目指すことを、スピノザはわれわれに求めている。そしてわれわれに訴えかける思想家であり続ける、と思います」=朝日新聞2025年7月5日掲載