不動産業界を22年にわたって取材してきた吉松こころ氏が、高騰する東京の不動産市場の動きをレポートする。
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香港の富裕層たちの動き
235億円、192億円、135億円、とびきり安くて、40億円値引きの76億円、これらを何の数字だと思われるだろうか。昨年11月、香港で売りに出ていた一軒家の価格だ。
香港島側に連なる山はその頂上に向かって「ピーク・ロード(Peak Road)」と呼ばれる道が延びている。車2台がギリギリすれ違うことができる細い道路だ。頂上に向かえば向かうほど視界は開け、100万ドルの夜景と謳われた香港市街地と対岸の九龍半島、そして両者の間で悠然と波打つヴィクトリアハーバー、そこを忙しく行き来するスターフェリーを眼下に捉える。香港一高く、上層階にはリッツカールトンが入る118階建てのICCビルも、金融街セントラルのランドマークで香港2位の高さを誇るインターナショナルファイナンスセンターも、山頂からは見下ろす形になる。
私たちが香港の金融街セントラルの象徴のように仰ぎ見る高さ400メートル級の建物群よりずっとずっと上に位置する天上の世界だ。香港の富裕層が住んでいたのはそういう場所だった。

ピーク・ロードから見た香港中心部(筆者撮影)
昨年、その一帯にある家々が大量に売りに出た。
その理由を、香港人で不動産投資家の簡國文(ジエングオウエン)氏はこう説明した。
「香港の富裕層が自宅なり投資用に所有していた邸宅なりを手放し、アメリカや日本、カナダなど他国に移住し始めているからです。また全く同じタイミングで、中国本土から香港に移住や資産移転を考えている中国人富裕層が高く買ってくれています。この需要と供給が絶妙に合致した時期が今なのです」
つまり、香港の富裕層が長年住んでいた自宅が売り出され、初めて売買市場に出てきているというのだ。
実際にはその2年ほど前に売却し、その後不動産会社が解体、更地にして、その上に新しい家を建築し、それらが売りに出ているところだという。100億円クラスの家は、内装に2年かけることもあり、ちょうど仕上がってきたのだ。
2年前といえば、コロナの真っ只中だ。とりわけ中国では、上海の完全ロックダウンの影響で景気が減速しているという報道を我々はよく耳にした。
その前の2021年には、従業員20万人を抱える不動産開発会社、恒大集団の経営危機も頻繁に報じられた。経済の悪化だけではない。2019年6月9日には、大規模デモが起きた。中国が導入を決め、香港で施行された香港国家安全維持法が背景にあるとニュースは伝えた。中国本土の支配が日増しに色濃くなる中で、香港の富裕層たちが国外への脱出を決意するに十分な空気が醸成され始めていたのだ。