朝ドラ語りの先輩・中條誠子アナや高瀬耕造アナからアドバイスも

 NHKの林田理沙アナウンサーが、俳優・今田美桜がヒロインのぶを、北村匠海が嵩を演じる連続テレビ小説『あんぱん』(月〜土曜午前8時)で語りを務め、優しさあふれる口調で視聴者のハートをつかんでいる。時折ドラマの最後に言う土佐弁「ほいたらね」も心地いいと好評だ。林田アナに語りに込めた思い、こだわり、舞台裏の奮闘ぶりを聞いた。(取材・文=中野由喜)

 作品の世界観に合う優しい声質が起用理由とされる。まずは語りを担当すると聞いた際の感想をきいた。

「たまるかー!という感じでした。アナウンサーの仕事を始めて12年目になりますが、まさか朝ドラの語りの仕事をするとは予想もしていませんでした。本当に驚いて、『私でいいんですか』と何度も聞き返してしまいました。聞いたのは昨年の7月頃。仕事中は絶対に泣かないと決めていたんですけど、あまりにもうれしくて、初めて涙があふれました」

「ほいたらね」に象徴されるように土佐弁を駆使する語り。どういう立場の設定なのか。

「制作チームからは『観ている方と一緒に優しく見守ってほしい』と言われています。心掛けているのは、のぶや嵩ら登場人物をそっと見守り、応援し、寄り添う気持ち。『ほいたらね』に関して言えば、ドラマと視聴者の皆さまをつなぐ役割として、観てくださっている方に感謝と『またね』という気持ちを込めてお伝えしている、という感じでしょうか。『ほいたらね』は、各シーンや1週間のテーマに合わせて変えようというのが私の隠れテーマなんです。自分なりに毎回考え、ドラマの演出担当の方とも話し合いながらやっています。多い時は5、6パターンぐらい録っています。『ほいたらね』だけの話ではありません。15分の作品の中で語りは1、2回しか登場しないときもありますが、語りで印象が変わってしまうこともあるので考えながらやることにやりがいを感じます」

『サタデーウオッチ9』のキャスターを務め、日ごろは明瞭な声で正確にニュースを伝えることを意識していると思うが、語りは表現力も要求される。

「ここまで表現力に向きあい続けるのが初めての経験で、今も試行錯誤です。実は『スカーレット』で語りを務めた中條誠子アナや、『ブギウギ』で語りを務めた高瀬耕造アナにアドバイスをもらったんです。高瀬アナは自分の声がこういう息の使い方をすればこういう声になるなど、いろんなパターンを録音して聞く作業を積み重ね、表現の幅を広げたそうです。それを実践しています。1週間分の準備にのべ10時間ほどかけているでしょうか。

 その場面ごとに合う、かつ俳優の皆さまの演技を邪魔しないような表現を探す作業がすごく楽しいと、心の底から思えています。……かつて学んでいた音楽にも通ずるところがあるのかもしれません。楽譜をどう音で表現すれば聴く人の心に届くのか、追い求めることにも似ていると思いますし、やりがいを感じています。そして、いざ収録本番。これは中條アナのアドバイスでもあるのですが、準備してきたものをいったん捨てて、その場で映像を観て感じ、表現することを大事にしています」

 一人の視聴者として感じる作品の魅力も尋ねてみた。

「すごく心が温かくなる作品で、毎回心が揺さぶられます。ナレーションの準備や収録作品を何度も観ているのに放送で観てまた泣いてしまいます。それは人の感情がみずみずしく描かれているからだと思います。優しさ、強さだけではなく、嫉妬や憎しみなどの感情もさらけ出していて…人間同士がぶつかりながらも支え合っている姿を感じられ、登場人物たちに心の奥底から思いを寄せられるドラマだと思います。

 あと『絶望の隣は希望』や『人生は喜ばせごっこ』といった、自分自身の道標にしたい言葉がたくさんあること。さらに戦時中の人々の感情の揺れ動き、中でも戦争に加担してしまった側の心のうちをあそこまでしっかり描いた作品はなかなかなく、戦時中だけではなく今にも通じうる恐ろしさをおぼえました。あの時代から学ばないといけないことがあると感じますし、登場人物を通して、多くの人が戦争の苦しみを背負って歩んできたと思うと、あらためて戦後や“正義”を考え直すきっかけになりました」

 のぶと嵩の魅力はどうだろう。

「ずっと思っていたのですが、のぶは目標や夢が見つかるとまっしぐらで、すごいエネルギーを出しますよね。そこは自分にちょっと似ているところがあるかもしれませんもちろんハチキン度合いはかないませんが……。嵩とのぶは正反対の性格に見えますが、実は人の痛みや苦しみが分かる人。そこは共通していると思います。あの2人を見ていると人の優しさ、強さはいろんな形があることを考えさせられます。例えばのぶが突き進むのも強さ、間違いを認めるのも強さ、その内に秘めた優しさもあります。

 嵩は本当に優しいですし、“たっすい”なところももどかしいですが、『戦争が嫌い』と戦地でも葛藤する姿も含めて芯の強さがを感じます。また、応援してくれる人の存在の大きさもあらためて感じました。夢を抱いても本当に叶えられるだろうかと思ってしまう中、のぶは嵩の才能を信じ続けていました。信じてくれる人の存在の大きさ、ともに歩み背中を押してくれた人への感謝……やなせたかしさんの精神を2人から感じます。1人ではできないことも誰かがいてくれると頑張れる。私も、誰かが頑張れると少しでも思っていただけるような存在になれたらいいなと思います」

 2人にドラマの語りではなく林田アナ個人として語りかけるならどんな言葉だろう。

「感謝の言葉です。その時は失敗した、間違っていたと思っても決して無駄な経験はない。時には立ち止まってもいい、『自分は何のために生きるか』を見つめ直して、また前を進んで歩み続ければいいと教えてくれています。勇気づけてくれて、力をくれてありがとうと言いたいです」

 今回の朝ドラのナレーションの仕事は林田アナの仕事人生にはどんな位置づけになるのだろう。

「温かくて勇気づけられる物語、しかも大好きなやなせたかしさんを描いたドラマの一ピースになれたことが本当に幸せで、人生を通してのかけがえのない宝物になると思います。見たことのない世界をたくさん見せていただきました。表現する面白さも教えてもらいましたし、視野を広げてくれたと心から感謝しています。自分の仕事人生において確実に転機になると思います…自分自身は、実は先のことはあまり考えられないタイプなので、今はのぶと嵩を、見てくださっている皆さまとともに見守り続けて、最終回までまっすぐ向き合い全力で走り続けるのみです」

 取材後、やなせさんの墓がある高知・朴ノ木公園を訪ねた話をしてくれた。そこで「一本の朴ノ木にぼくはなりたい」というやなせさんの言葉に触れたという。その心は、朴ノ木は柔らかく、まな板として使われて自らは傷ついても包丁は傷つけないという意味だそう。林田アナは「やなせさん、どこまで優しいんだろう。あらためて自分も語りで温かい雰囲気を作れたらと思いました」。語りに一生懸命に向き合う姿勢に敬服する。話の端々に感じる優しさと純粋さ、清廉さにやなせさんの世界に通じるハートを感じた。中野由喜