浜松市は広大で中心部の大都市のイメージもあれば、風光明媚な浜名湖、そして、北部の奥遠州には山と川に囲まれた静かな里がある。ここ浦川地区は、天竜川の支流が流れ、山に囲まれた小さな町。浦川には知り合いがいて、初めてこの町のことを知った。「ぜひお越しください」「必ず行きますから」。今回の旅でこの約束は守られたけど、知り合いに案内をお願いすることなく、全て初見の純粋な気持ちでお忍び的に町を歩いた。

 この町には秘境駅が多いことで知られるJR飯田線が運行している。のんびり電車で行く方が旅の情緒はあるだろう。けれども電車旅は次回にして、今回は車で訪問。降りるICを間違え、ひとつ先まで行ってしまったが、そこから浦川に戻る途中で町を見下ろせる高台を見つけた。町を俯瞰するにはちょうどいい。浦川に着く前に町を見下ろすことができたのは幸運だった。

 浦川については、知人を通して関心はあったが、事前に何か調べていたわけではない。ただ「浦川」へ行ってみる。青春18きっぷ旅をしている時は、よくこのスタイルの旅をする。何も知らない駅で降りて町を歩く。もちろん、初めて見る町、初めて知る風景、そこには何もなくてもいい。その町の生活文化を知れるだけで町歩きは楽しい。

 まずは、浦川駅へ。偶然、1時間か2時間に1本くらいしか走っていない飯田線に遭遇。駅舎は何の広告や看板もない、待合の椅子だけがあるシンプルな無人駅。

 駅舎を出ると「鮎と歌舞伎の里」と書かれた歓迎アーチが出迎える。「ゆっくりしてけね」と地元の言葉が優しく心に響く。

 駅前には観光ウォーキングマップ看板。これを参考に歩こうと思ったが、とても歩ける範囲ではない。それは諦めて、駅前周辺を散策することに。歩いていると佐久間ダムのマンホール。マンホールデザインには地域の誇りが表れる。この町にとっての佐久間ダムの存在感を知る。

 駅から見える郵便局と学校。どうやら郵便局は現役で、小学校は閉校した姿のようだ。初夏の暑さもあるのか、町ですれ違うのはわずかな地域住民らしき人たち。ただ、寂れた感じがしないのはなぜだろう。歓迎アーチにあった歌舞伎の絵の力強さが現役感を感じさせてくれたのかも知れない。それは旅人的感覚としか言いようがない。

 あてもなく町を歩く。かつては旅館や何かのお店だったのだろうか。軒先に木製のベンチがある古民家。町案内にもなっていると思われるお店情報が密集した案内看板。

 街道らしき道を進むと白壁の蔵づくりのお店が見えた。そして、そこからはおそらく旧街道と思われる道が続く。少し行くと、雰囲気の残された古民家群。この連なり方は、かつての賑わいを思わせる。

 開いていれば食べたであろう五平餅店はあいにくのお休み。パステルカラーデザインのオールディーズカフェ。こういう町の姿の対比が面白い。

 最後は、川べりへ。大きなアオダイショウが待ち受けていて、大声をあげてしまったが、それとは裏腹に、川やつり橋の姿は美しく、せせらぎの音とともに心癒される。
思い切って言えば、「奥遠州の上高地」。それぐらいこの川と山の風景は価値があると思った。

 この地域では「奥遠州X」なる地域活性プロジェクトが進んでいる。古民家を活用した地域拠点や茶畑などを活用した魅力づくりなど、観光地としては名もなき町がこれからどう変わっていくのか。いや、変わらないからこその魅力づくりなのか。また、いつか訪れてみたい。その時は、地域の知り合いを案内人としてガイドをお願いするだろう。また行きます、浦川へ。

著者:田中 三文 (たなか みつふみ)