テクノロジーはこれまで、私たちの「作業」を効率化してきた。

しかし、もしその矛先が私たちの「内面」に向けられ、その感情の解像度を飛躍的に高めるとしたら、世界はどう変わるのだろう。

スマートグラスがポッドキャストを再生したり、AIアシスタントを耳元に置いてくれたりするだけでなく、そのメガネが「感情」まで理解するとしたら?

これこそが、Emteq Lab社が開発する「Sense」グラスのコンセプトです。

まだ市販はされていませんが、最終的な目標は、ユーザーの顔の筋肉の微細な変化を読み取るセンサーを搭載した軽量なメガネ。

健康状態や食習慣などに関する知見を得るために、リアルタイムで気分の移り変わりを検出することを目指しています。

Emteq社は、「感情コンピューティング(affective computing)」と呼ばれる分野で成長する企業の1つで、これらの技術は人間の感情を認識、解釈、処理、さらには模倣するために設計されています。

良くも悪くも、私たちの未来はこうしたテクノロジーで満ち溢れることになりそうです。

感情分析グラスは、どうやって心を読むのか?

Emteq社の感情トラッキンググラスの背後にある技術は洗練されていますが、コンセプトは至ってシンプル。

  1. メガネの内向きセンサーが、頬骨筋群(笑顔を作る筋肉)や眉根をひそめる眉間筋、眉を動かす筋肉群の電気的活動をモニターします。
  2. その情報を心拍数や頭の動きのデータと組み合わせます。
  3. それらすべてを統合し、リアルタイムの感情記録としてスマホでアクセスできるようにするのです。

少なくとも、理論上はその通りです。

しかし、どのような機械であれ、顔の筋肉の動きだけで人間の内面を正確に解釈できるかというのは、非常に複雑な問いです。

研究によれば、幸福、悲しみ、驚き、嫌悪といった基本的な感情は文化を超えて似たような表情で表されるとされています。

しかし、文化的な影響や個人差が感情の表し方に影響を与えるのも事実

ポーカーフェイスを貫く人もいれば、極度の緊張から思わず笑みがこぼれてしまう人もいるでしょう。私たちは誰もが、社会的な仮面としての笑顔を使い分ける術を知っているのですから。

感情分析グラスはどんな時に使うべきなのか?

先日、Emteq社のCEOであるスティーン・ストランド氏と話し、デモを見せてもらう機会がありました。

Senseグラスのプロトタイプは、ごく普通のメガネフレームに搭載されており、宣伝通りに機能しているように見えました。

この技術が目指す未来は、バーチャル会議からメンタルヘルスのモニタリング、さらには食事の記録まで、あらゆる領域に及んでいます。

バーチャル会議をより「自然」に

ストランド氏はこのように語りました。

私たちが会話するとき、相手の顔を見たいし、相手にも自分の顔を見てほしい。そうやって互いに反応し合いますよね。

これをバーチャルで実現したいなら、私の顔が何をしているかを知る必要があるのです

つまり、表情を読み取るグラスが、現実のあなたの表情をデジタル上のアバターに反映させることで、バーチャルな交流をより「リアル」にする、というわけです。

特定のバーチャル会議では、すばらしい機能と言えるでしょう。

でも、もし私が会議中に退屈な顔を「見せたくない」場合はどうなるのでしょうか。感情の透明性が高まることは、必ずしもコミュニケーションの質を高めるとは限りません。

ときには、意図的に感情を抑制することが、円滑な社会関係を築くうえで重要な役割を果たしているのです。

これに対し、ストランド氏はEmteq社の技術を使えば、より優れた解決策を提供すると話しました。

既存の技術、特にVRの多くは、電力消費や計算処理の負荷が大きすぎます。

私たちは、顔のほんの小さな部分だけを見る、非常に軽量で低電力なセンサーを使っています。そこから、顔全体の動きを推測できるのです

メンタルヘルスの新たな指標に

ストランド氏によると、実生活における感情を常時モニターすることは、メンタルヘルスの専門家にとって新たな診断ツールとなり得るとのこと。

現在、うつ病を診断する際の最も信頼性の高い基準は質問票です。

しかし、これには固有のバイアスがあるだけでなく、ある一瞬を切り取ったスナップショットに過ぎません。今この瞬間の気分と、1時間後の気分は違うかもしれないのです

しかし、継続的な感情の記録があれば「気分の波やパターンを客観的に捉えて、その人の精神状態をより明らかにできる」という理屈です。

これは、これまで主観的な自己申告に頼らざるを得なかったメンタルヘルスの領域に、新たな「客観的な指標」をもたらす可能性を秘めています。

顔面麻痺のような身体的な状態や自閉症のような精神的な懸念から、自分の表情がどんな感情を示しているのかを把握するのが難しい人々にとって、感情分析グラスは、私たちの多くが当たり前だと思っている感覚への窓を提供してくれるかもしれません。

より健康的な食生活のために

Senseグラスのもっとも具体的だと思われる応用例は、食生活のモニタリングでしょう。

このメガネは、咀嚼パターン、噛む頻度、食べる速さといった指標を追跡可能。これらは研究によって、体重管理や消化器系の健康と関連付けられている指標です。

ストランド氏はこのように語っています。

その食事で何回咀嚼したか、何口食べたか、咀嚼と次のひと口の間隔などを知ることができます

食事の速さが摂取カロリーに関係することを示唆する研究もあるため、理論上は、咀嚼をマイクロマネジメントすることが減量目標の達成に役立つかもしれません。

その前に、頭がおかしくなってしまわなければの話ですが……。

健康的な食生活に苦労している人や、慎重な食事管理が必要な病状を持つ人にとって、これは無意識の行動を意識化するための強力なツールとなり得るでしょう。

しかし、データによる自己管理は、いつしか「監視」へと姿を変え、食事という本来楽しみであるはずの行為から豊かさを奪ってしまう危険性もはらんでいます。

プライバシーと人間性という、より大きな問題

どんな新しい技術にも、1つの問いが影のように寄り添います。

この力は、私たちの人間性を、いかに損なう可能性があるか?

この種の感情コンピューティング全般に言えることですが、ディストピア的な仮説には事欠きません。

  • 広告主やマーケターが、消費者が目にするものすべてに対して1日中、毎日どのように感じているかの記録を手にしたらどうなるか?
  • もしアルゴリズムが、あなたがそのTikTok動画について「どう感じたか」を正確に知ったら、どれほど悪化するだろうか?
  • 雇用主が、どの労働者が笑顔で、どの労働者が眉をひそめているかをリアルタイムで把握できたら?
  • 抑圧的な政府が、この技術を国民に対してどのように利用するか?

こうした壮大な懸念を、一介のスマートグラス技術に押し付けるのはフェアではないかもしれません。

しかし、Senseグラスのような技術は、その未来への扉を開く、象徴的な一歩であることもまた事実なのです。

ストランド氏も、Emteq社は一般的な感情データを収集・販売することは追求していないと述べています。

私たちの現在の哲学は、それは医療グレードの個人データであり、共有されるべきではない、というものです

しかし、データ取り扱いに関する約束は、企業が成長して、財政的な圧力に直面するにつれて「進化」していくのが常です。

私たちは、この未来とどう向き合うか?

さて、自分自身の咀嚼と感情をモニタリングできるこのメガネはいつ手に入るのでしょうか?

短い答えは「将来的には、たぶん」です。

しかし、本当に重要な問いは「いつ手に入るか」ではないでしょう。

ストランド氏はこのように語っています。

来年のいずれかの時点で、何かしらの製品を出すことになるでしょう。

ただ、一般消費者に直接販売するかどうかはまだ議論しているところです。この技術を市場に投入する方法はたくさんありますから。そのあたりのバランスをまだ見極めている段階です

この技術がもたらす未来は、開発者だけが描くものではありません。

それが私たちの感情や人間関係にどう作用するのかを想像・議論し、望ましい未来を選択していくのは、他ならぬ私たち自身なのです。

あなたの感情のデータは、誰が、何のために使うべきでしょうか?その答えを出す準備は、もうはじまっているんです。

ついに「現実世界の広告ブロッカー」爆誕?海外エンジニアがARグラスで広告を消すアプリを開発中 | ライフハッカー・ジャパン https://www.lifehacker.jp/article/2507-someone-built-an-ad-blocker-for-real-life-and-i-cant-wait-to-try-it/

オンオフをスイッチする。集中と解放を操る、次世代デバイス4選【今日のライフハックツール】 | ライフハッカー・ジャパン https://www.lifehacker.jp/article/2506-lht-matome-device/

2025年がスマートグラスの年になる!と感じた近未来的プロダクト9つ | ライフハッカー・ジャパン https://www.lifehacker.jp/article/2507-2025-is-the-year-of-the-smart-glasses/

Source: Emteq Lab, Paulekman, NIH