フェルナンド・トーレス、イサック・クエンカ、ビクトル・イバルボ……。数々の有名外国人選手が所属してきたJリーグ・サガン鳥栖。そんな鳥栖のホームスタジアムで年に一度、県内の外国人が集まりフットサルをする大会「Sagan World Cup」が開かれている。昨年で3回目を迎えた大会は毎年好評を博していて、年々参加者が増加。外国人と日本人、外国人同士が交流する場として定着してきている。なぜこのような大会を開こうと思ったのか。主催する3団体の担当者(JICA九州、佐賀県国際交流協会、サガン鳥栖)に伺った。
元選手・高橋義希さんが解説担当!Jリーグスタジアムを満喫できるフットサルW杯

2024年12月、JR鳥栖駅から徒歩3分の好立地で2万人を収容するサガン鳥栖のホームスタジアム「駅前不動産スタジアム」を貸し切り、佐賀県在住の一般人25カ国230人が参加するフットサル大会が開催された。
この本格的なスタジアムで参加者は、プロさながらの特別感を味わうことができる。例えば着替えのときは、サガン鳥栖の選手が実際に使っているロッカールームが使用できる。ユニフォームの色としてもなじみのある特徴的な「サガンブルー」と「サガンピンク」で鮮やかに彩られた空間は、「更衣室」と聞いてイメージするものとは一味違い、特別な雰囲気だ。また、ビッグ移籍で日本中を沸かせた"貴公子”フェルナンド・トーレスのロッカーは今もそのままで、そこで着替えてからピッチに向かえば当然気分も高まるだろう。

もちろんスタジアムの設備も最大限活用する。大会最終盤の決勝戦と3位決定戦は大型ビジョンも使用。試合に出場している選手とスコアが表示され、サガン鳥栖が誇るバンディエラ高橋義希さんが選手たちのプレーを熱く解説。実況も付き、ピッチがプロの試合のような空間になっていくのだ。

このようにJリーグのスタジアムを大満喫できる、サッカー好きにとっては理想の大会だが、経験者だけでなく、初心者が参加できるのも特長だ。
実際、大会参加者は大学や日本語学校、民間企業など直接サッカーに関係しないコミュニティの単位で参加していて、経験者と未経験者まで幅広い人たちが含まれている。
そのため、エントリーは初心者リーグと経験者リーグの2つに分かれて受け付けられていて、レベルに合わせて参加することが可能だ。
2024年に経験者の大会で優勝したのは、佐賀県内で英語を教えるALT(外国人指導助手)で作るチーム。初開催では佐賀大学のアフリカ留学生チーム、2年目は佐賀大学のインターナショナルチームと、2年続いた佐賀大学チームの優勝を阻止した。
佐賀国際交流協会の黒岩春地理事長は「終了後、選手たちからは『来年も開いてほしい』『また出たい』とたくさん言われます」と大会の人気ぶりを喜ぶ。
女性は得点が倍!誰もが気軽に楽しめる大会を目指し、地元もサポート

そもそも大会を開催するにあたって、なぜ、サッカーではなく、フットサルを採用したのだろうか。
それはなるべく多くの人にJリーグのピッチを味わってほしいという主催者の思いが背景にある。
もしサッカーにした場合、走る距離が長くなり、日頃からやっていないとなかなか高いハードルになってしまう。また、なるべく多くのチームが参加できるようにするためには、ピッチを分割して小さなスペースで同時に大会を進行できるフットサルの方がいいということになったのだ。
2022年と2023年は、全参加チームで一つの大会を開催。グループに分けて上位2チームが決勝トーナメントに進むという、サッカーワールドカップと同じ大会レギュレーションを採用していた。しかし、サッカー経験者と女性チームや未経験者チームとの間で大差の試合結果が散見されたため、24年から変更。初心者中心の「エンジョイリーグ」と経験者中心の「チャンピオンズリーグ」に分割した。他にも女性が得点した場合は2点分とするなど、より多くの人が参加して楽しめるように工夫している。
昨年はチャンピオンズリーグに12チーム、エンジョイリーグに8チームがエントリー。決勝と3位決定戦を除く試合はピッチを4つに分けて実施。リーグは5分ハーフ、決勝トーナメントは7分ハーフとし、無理のない範囲でみんなが楽しめるような時間設定になっている。
それでも全部で行われる試合数は20試合。約6時間をかけて行われる規模の大会を、多くの地元の人たちが支えている。
レフェリーは佐賀県庁のサッカー部、スコアは佐賀女子高校のサッカー部がつけるなど、運営面でのサポートはもちろん、「Sagan World Cup」と書いた大きな看板は地元の県立鳥栖高校の書道部に書いてもらったものを使用しているという。こうした大会の運営を黒岩さんは「手作り」と表現。地域が外国人を迎え入れようとする温かさがにじみ出ている。
きっかけは「佐賀で楽しい思い出を作って帰国してほしい」という思い

開催のきっかけは、佐賀県内で増える外国人。中でも半数を占めているのは在留資格が「技能実習」と「特定技能」の人たちだという。
県内の在留外国人数は2025年1月現在で約11000人。全国の都道府県と比較して決して多いというわけではないが、それでも全人口が80万人を切る佐賀県では100人に1人か2人は外国人になることになる。農業や漁業に従事する外国人も多いため、昔は都市部に多かった外国人も田舎でも見かけるようになった。
「佐賀は有明の海苔が有名ですが、こうした漁業にも外国人の方が携わられていると聞いています」と黒岩さん。他にも外国人がいなければ大変なイチゴ農家もあるといい、日本の産業を支える上で重要な存在になっていることが伺える。
こうした外国人の困りごとの相談に乗ることもある国際交流協会。彼らの生活ぶりを聞く中で、苦しい生活を垣間見ることがあった。
黒岩さんは「技能実習や特定技能で来ている外国人の多くは出稼ぎで日本に来ています。残業代も欲しいので必死になって働き、日曜日はただ休むという日々を過ごしているようでした。技能実習生は3〜5年で帰国するか、特定技能に資格を切り替えてもう少し長くいる人もいます。その間、友達がいないという人もいますし、ずっと職場と家の往復で楽しいことがなければ日本の印象が良くなくなってしまいます。せっかく来たのだから『あー、佐賀に来てよかった』と思ってほしいじゃないですか」と話す。
黒岩さんが思案していたころ、2022年3月に同じフロアに事務所を置くJICAデスク佐賀に、サガン鳥栖で通訳をしていた石川洸さんが着任した。石川さんをハブにしてサガン鳥栖との繋がりができ、大会の開催に向けて動き出した。
石川さんは「私は過去にセネガルなどいろいろな国に行きましたが、ボール一つでできるサッカーはどこの国でも人々を熱狂させていました。技能実習や特定技能で来ている方々もボールを蹴るという話を聞いていたので、ぜひやろうと思いました」と話す。
初の大会は2022年の12月に開催。FIFAワールドカップカタール大会の開催時期と重なり、大きな注目を集めた。
開催を通じて、技能実習や特定技能で日本に住む外国人の生活環境に変化がみられたと話すのは、黒岩さんと同じ佐賀県国際交流協会の北村浩主査だ。「技能実習や特定技能の外国人は基本的に企業単位で参加しています。雇い主の日本人の方が、彼らの応援に来ることもありますし、一緒にプレーすることもあります。大会や練習を通し、単なる雇い主と外国人という仕事上の関係性からオフでも交流ができる付き合いに関係性が深まっているようです」と喜ぶ。
日本人と外国人が分かり合えるようになるきっかけに

黒岩さんは「大会を通じて心の国境をなくしたい。みんなで一緒にフットサルをやっているときはどこにもボーダーはありません」と語る。
2024年大会では多国籍料理のキッチンカーが出店され、「国際交流」がピッチ外でも始まった。インドネシアのキッチンカーはナシゴレン、ネパールはバターチキンカレー、ベトナムはフォーを振る舞った。12月の寒さの中だったこともあり、即完売したという。母国以外の味を知ることで、異文化を理解してほしいという狙いが隠されていた。
「駅前不動産スタジアム」を中心に、外国人に楽しんでもらうことが目的で始まった国際交流のイベントではあるが、主催者はこの大会を通じ、日本人と外国人の互いの理解が深まり、住みやすい佐賀県を実現することも見据えているという。
サガン鳥栖を運営するサガン・ドリームスの井上裕介さんは「サッカーは国籍に関係なく、人々をつなげていくと思っています。日本に住む外国人が増える中、文化の違いからゴミ問題や自転車の駐輪問題など地域社会との間の軋轢は全国各地で起きているでしょう。今日本で起きている異文化と日本人の間で起きている問題の多くは、相互の理解不足から来ていると思います。この大会はもちろん、今後はサガン鳥栖の試合を地域住民と外国人が一緒に見られるパブリックビューイングなどを通じ、外国人と地域住民同士が互いのことを分かり合える関係性になってくれればうれしいです。そうすればいずれ、外国人もコミュニティの中に溶け込んでいき、地域社会は変わっていくはずです」と語る。
年々外国人の移住者が増加している。ただ、その増加のスピードに対し、日本側の受け入れが上手くいっていないのではと感じることは多々ある。取材をして、外国人が日本の労働力として必要不可欠になっているという話があった。そうであるならば、元々日本に住む我々は彼らを理解する必要があるし、彼らも日本人がどのような民族なのか理解する必要があるだろう。言語が通じないケースなどはなかなかその一歩が難しいかもしれないが、スポーツは言語を超えるという佐賀県の事例を思い出したい。
text by Taro Nashida(Parasapo Lab)
写真提供:佐賀県国際交流協会、サガンドリームス