夢を語るほどの年齢ではないが、私にはひとつの夢がある。それが“記事を書きながら日本中の酒場へ通うこと”である。所定の住居を持たず、ビジネスホテルや旅館をはしごしながら、日本中の酒場をめぐるのだ。滞在日は1週間くらいで、朝は純喫茶でモーニング、昼間は観光や趣味のレトロ建築を楽しみ、夜は酒場へ赴くのだ。たまにホテルで記事を書いては、投稿を繰り返してギャラを得る生活。これを日本中の隅から隅まで飲み尽くすまでやりたい……って、それはただのホームレスともいう。少なくとも、旅に出かけるときはそんなルーティンを組み、ささやかな夢を叶えている。

地元の秋田へ帰郷して、秋田駅前のビジネスホテルに泊まった。よく考えたら、秋田駅に泊まるなど初めてだ。勤め先の福利厚生で、指定のホテルが最安2000円からというチート技を駆使し、旅の住み家にする。

部屋で缶チューハイを片手に明日のモーニングはどこにしようかと調べてみるが、時間的にちょうどいい喫茶店がないことが判明。どうしようか……まあ、こんなことも旅のつきもの。適当に街中を歩いていれば何かあるだろうと、いつも通り全裸になってベッドで寝た。

さて、翌朝だ。ホテルをチェックアウトして、モーニングができそうなところを探してみよう。そういえば、近くに『秋田中央卸売市場』があったはずだ。確かそこに食堂があったような……ん?

わっ、『たちそば』があったじゃないか! 22時から翌14時までの営業という、完全にタクシー運ちゃんと夜の仕事の方がターゲットのそば屋だ。存在は知っていたが、あまりの変則的な営業時間でなかなか行く機会がなかった。

旭川の川沿いギリギリ、スカイブルーのレンガ調ビルがなんともいい味を出している。“飲(や)れるそば屋”としても有名で、これは“思し召し”として立ち寄らないわけにはいかない。朝の陽ざしと対比して、うっすらと光る蛍光灯の店内が映るガラス戸をゆっくりと引く。

「いらっしゃいませ〜」

ほらあ、素敵な内観じゃないですか……! 目の前には角度の浅い「くの字」カウンターと広い厨房、右手奥にはテーブル席もいくつかある。二階席もあり、これは思っていたよりだいぶ広いぞ。

醤油出汁とストーブ臭の混ざった匂い、カウンターやテーブルや天井などはログハウス調のウッディー仕上げで、純喫茶の雰囲気も醸し出している。

客は他に誰もおらず、好きなところへ座っていいと女将さん。迷わず着席したのがカウンターの右寄りの席。なぜ、ここにしたかというと……。

うふっ、酒の入った冷蔵庫が一番近いからだいっ! なんとも、うれしい背後じゃないか。ここから自分で好きな酒を選べるっていう角打ちタイプ。

「まだ入れたばかりで……これだばどうだすが?」

酒を選んでいると、女将さんが気にかけてくれる。いいんです、私は酒が温(ぬる)かろう、冷たかろうとアルコール味である限りあまり気にしないタイプだ。

どっちにせよ、カキンカキンの激冷えジョッキと「濃いお茶割り」が目の前に並ぶ。いいですねえ。

ごぐんっ……ごぐんっ……ごぐんっ……、ひんやりと冷える朝、喉を伝う濃い目のお茶割り。純喫茶モーニングのコーヒーもいいが、お茶割りも捨てがたい。さて、モーニング・オツマミもいただくとしよう。

まずは「カツ煮」が到着。ふう……この醤油出汁と卵の混ざった甘じょっぱい香りがたまりません。ジュクジュク卵と同化したタクアンも、なんだか画(え)になっている。

じゅるっ、ズルルルルッ──さくっ、じゅわぁぁぁぁ。半熟の火の通りがちょうどいい卵と微かにカリカリが残る衣。その中からは、肉汁たっぷりの豚ロース。うまい、最高だ。

続いて「まぐろの山かけ」がやってきた。色鮮やかな赤いマグロブツとオフホワイトのとろろ芋、朝から紅白とは縁起がいい。

つんもりとのっかる刻みネギとワサビと共に箸で混ぜる、豪快に。ネバリと箸で持ち上げたところをひと口。

サクサクとめちゃくちゃ新鮮なマグロ、モコモコとした粘り気の強いとろろ芋が完璧なシナジー。それに、お茶割りとも合うなあ。まぐろの山かけって、悪くなったマグロを使うもんだと思っていたが、本当はこうやっていただくものなのだな。

あっ、そういえば!

以前、ここの近くにある『永楽食堂』の記事でも書いたが、相席した美女もこの店のためにわざわざ東京からやってきたといっていたな。うーむ、なんだか分かる気がするが、またあの美女とここで再会できたらいいなあ……。

いないのは分かっているが、キョロキョロと店内を確認していると「きつねそば」がやってきた。湯気のマイナスイオンが上がる黒い丼には、黒いスープに細麺のそば。三角形のお揚げが2枚とたっぷりの刻みネギがうれしい。

ズルッ、ズルルルルッ……んまいっ! ああ、やはり秋田のそばはこうでなくちゃ。そばなのに「生パスタか?」と思えるほどモッチリ麺。それに濃ぃぃぃぃい醤油出汁のスープがしっとりと絡む。薄めのお揚げをシャブシャブとすするように食べながらお茶割りでクイッと流し込む……はあ、言うことなしの旅のモーニングだ。

「ありがとうございました〜」

結局、他に客が来る気配がなかったが、女将さんたちが小鉢を大量に作っている。これからがメインイベントなのだろう。小鉢メニューは毎日違うようなので、常連客は楽しみだろう。

ホテルからフラッと来て、サクッと飲める。こんな“飲れるそば屋”があったら間違いなく、今後のモーニングはこっちだ。

まだ見ぬ旅のモーニング、今後の私の夢のひとつに加えよう。

たちそば

住所: 秋田県秋田市南通亀の町1-3
TEL: 018-834-1851
営業時間: 22:00〜14:00
定休日: 無 (臨時休あり)
※文章や写真は著者が取材をした当時の内容ですので、最新の情報とは異なる可能性があります。

取材・文・撮影=味論(酒場ナビ)

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