「リートを学ぶためにはシューベルトやシューマンが生きていた時代に戻って旅をしなければなりません。でも昔の森と今の森は違います。想像力を働かせなくてはなりません。今の若い人はユーチューブやコンピューターの中で生活しています。しかし、作曲家、詩人は自分の眼で見たこと、経験したことを歌っています。風が吹いていると歌ったとき、風は髪の毛に吹き付けているのか、足の間を通りぬけていったのか。また木を見るといっても葉っぱを見ているのか、遠くから木を見れば声は軽くなります。どんな思いでその言葉を発しているか、譜面の中から見つけなければいけません。言葉の色が違えば歌い方も変わりません。想像力をかき立たせるのです」という。

白井がキャリアを始めたころは、詩人の世界を想像することは今より容易だったという。

「今の学生はかわいそうです。教えていてつらいこともあります。でも声を出して歌えばいい、というぐらいの考えで学びにくるので、インプロヴィゼーションの授業に面食らっています」

室内楽勉強会も

2006年、白井はロンドンを訪ねた際、突然、筋肉に力が入らなくなるギラン・バレー症候群にかかった。

「空港でおかしくなりました。一晩寝たら歩けなくなっていました。手や足だけではなく、目も開けられないし、しゃべれないのです。息ができないから人工呼吸器をつけました。脳と聴覚だけは働いていました。自分の中に閉じ込められました。食べ物が悪かったのか、その前の6カ月間にアメリカ、日本、ロシアに2回ずつ行き、忙しく何となく調子が悪かったのです」