W杯最終予選の大きなヤマ場が、アウェーのカザフスタン戦とウズベキスタン戦だった。ここで勝ち点をどれだけ積み上げられるかだったが、10月4日のカザフスタン戦は1―0のリードを終盤に追いつかれて、1―1で引き分けた。何度も決定機があったが決めきれず、終盤に少し気が抜けたようなところがあって失点した。それでもアウェーで勝ち点1を取り、「まだチャンスはある」と思いながらホテルに戻った。だが、何だかざわざわしていた。長沼健会長から選手に集合がかかり、ミーティングルームに集まると、「加茂周監督を更迭して、岡田武史コーチに監督をやってもらう」と監督の交代が伝えられた。

 95年11月の加茂監督の解任騒動の時もそうだったが、こうなったのは「自分たち選手にも責任がある」と思ったし、「時間がないが、しっかりやろう」と気持ちを切り替えるしかなかった。岡田さんも「俺がやるから付いてきてくれ。付いて来られないなら、ここで帰ってもらってもいい」と話した。私は何としてもW杯に行きたかったし、最後まで諦めるつもりはなかった。

 W杯最終予選の期間中に日本代表監督が交代したのは、日本サッカーの歴史の中で初めてだったが、日本サッカー協会も「何かを変えなければ」という決意が見えた。ウズベキスタンに移動し、11日の試合に備えた。とにかく練習がきつかった。「ウズベキスタン戦で走れなくても知りませんよ」とフィジカルコーチのフラビオに言ったぐらいだが、岡田さんの思いは伝わってきた。