日本人になじみ深いマドレーヌは、20世紀を代表する小説家、プルーストの「失われた時を求めて」に登場することでも知られています。主人公は、紅茶に浸したマドレーヌを口にした瞬間、身震いするほどの快感に襲われます。幸福に満ちていた頃、叔母の家で、同じように食べさせてもらったことを思い出したのです。このエピソードから、プルーストといえばマドレーヌを思い浮かべるフランス人は少なくありません。

マドレーヌは18世紀、ロレーヌ地方を治めていたレクチンスキー公に仕えた女性の名前。あるとき宴会を開いたのに、菓子職人が突然姿を消してしまいます。困った公が、彼女にお菓子を作るよう命じると、美食家の公も感心するほど美味なる菓子を焼き上げたのです。こうして、焼き菓子に彼女の名が与えられたと伝わります。

貝殻の形に焼かれるのは、キリスト教の巡礼が関係しています。貝殻形を紋章にしていた元漁師の聖ヤコブがまつられた、三大巡礼地の一つ、スペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラ。この地への巡礼者は、聖ヤコブにちなんだ貝殻を首から下げて持ち歩いていました。マドレーヌも日持ちすることから貝殻とともに持ち歩くようになり、やがてマドレーヌも貝殻の形になっていったということです。

大森由紀子

おおもり・ゆきこ フランス菓子・料理研究家。「スイーツ甲子園」(主催・産経新聞社、特別協賛・貝印)アドバイザー。